2000年10月~2002年5月
この連載は、2000年10月号~2002年5月号まで新潮社の雑誌「ENGINE」に連載したものを再録したものです。
第6回 ファッション・ケア レジュイール 2001年03月
純白のウェディングドレス
12月のある日曜日、友人の妹さんの結婚披露宴に招待され、四谷のオテル・ド・ミクニに出かけた。
バンケット・ルームを借り切った会場は、全部で40人ほどの着席スタイル。三國さん本人が陣頭指揮して饗せられた料理も素晴らしかったが、ごく近しい親戚と友人だけが集まった披露宴は、形式ばらずに心温かい会だった。
花嫁が着ていた純白のウェディング・ドレスは、お姉さんが10年近く前に、自分のウェディングで着たドレスそのものだという。
長い年月が経っているのに、シンプルでいながら華のあるドレスは純白そのもの。その白さが眩しかった。実は、ある特別なクリーニング屋さんに出して新品のように綺麗にしてもらったのだという。そのクリーニング屋さんの名前を聞いて、「やっぱり、あそこか」と、すぐに納得した。
バブルのころ以上のブランド・ブームと言われている。みなさん、大金を支払って手に入れたインポート・ブランドの洋服、買ったあとのメインテナンスをどうしていますか?たとえば、クリーニングはどうしています?
イタリアやフランスなどヨーロッパのインポートの服は、実は日本製のものに比べると極端に色落ちしたり汚れを落とすのがむずかしかったりする。それは、だれでもすこしは体験していることだと思う。洋服の歴史や文化の違いからくるのだと思うが、ヨーロッパの服、特に高級と言われるブランドの商品はあまり洗濯をすることを想定して作られてはいない。日本人の感覚としてはとんでもないと思うかもしれないが、文化が違うと考え方も違う。
ヨーロッパでは、お店はお客さんに売るところまでが責任で、いったん売られてしまった服についてのメインテナンスは、買った側の責任、という考え方があるようだ。たとえば、雨に濡れて色落ちしてしまったら、それは雨の日にその服を着たお客さんの責任であり、クリーニングに出して問題が起これば、そんなクリーニング屋に出したお客さんの責任、といった具合。それがヨーロッパの常識。
日本だと、生地の色落ちについては、染色堅牢度という色落ちのJIS規格があり、一定の基準値をクリアしなければ、デパートなどでは原則として取り扱わないことになっている。しかし、これは、あくまでも原則。その規格を厳正に守っていたら、イタリア製の服なんか売ってられない。独特の色合い、風合いを出そうとしたら、日本の法律なんぞ気にしてなんかいられないのだ。あなたがこの色を気に入ったのなら、色落ちは覚悟の上で買いなさい、というのがイタリア流。
でも、わがニッポンではそれでお客さんが納得するわけがない。当然お客さんからクレームの嵐となる。そんな時に、輸入元や販売元の駆け込み寺のようなクリーニング屋さんがある。
正しくは「クリーニング屋」と自らを名乗っていない。一般のクリーニング屋さんに比べると、料金があまりに高価だから、クリーニングの看板を出すと、これまた一般のお客さんからクレームがくることがあるからだ。
究極のクリーニング
その店とは、「ファッション・ケア レジュイール」(東京・西麻布/03-3406-0008)。究極のクリーニングを追求して日々、研究を重ねる、古田武社長がそれこそ人生の大半をクリーニング一筋にかけてきた技術の粋を注ぎこんだお店である。
古田さんは、昭和30(1955)年、今から45年前に信州から東京へ出てきて町のクリーニング屋に就職、4年後には、わりと大きなクリーニングの会社に移り、16年あまり営業畑の仕事をしていた。転機となったのは、その会社の研修で訪れたアメリカ。ロスアンジェルスのウイルシャー通りにあった、イブニング・ドレス専門の高級クリーニング店を見学した時、こういう方向があったのか!と衝撃を受けたのだという。
さっそく、会社に進言し、婦人服を専門にした店を作り、6年がんばった。古田さんはこの間に受けたお客さんからのクレームをすべてメモし、昭和58(1983)年に独立して「レジュイール」を開店、自分の信念を実現する努力を、試行錯誤を重ね続けて、かれこれ20年ちかくになる。
技術の研究は、アメリカではなく、ヨーロッパに向けられた。たとえば、パリのプランタンの前の「プアンヌ」。ここでは、ドレスのヘムの部分など、要所の糸をほどいて洗ったあと、縫い直している。パリでは、いわゆる普通のクリーニング屋のことは「プレッシング」と呼び、特別の技術を持つプアンヌのような店のことは、「タンチュリエ・デラックス」と呼ぶ。後者のような店では、ネクタイは洗う前にすべて糸をほどいて分解して洗う。その後で元どおりに縫い直す。まるで自動車のレストアだ。スーツ1着、パリでは約3万円の料金も、その仕事量からすれば当然と言える。
古田さんによれば、クリーニング世界一はダントツでイタリアだという。イタリア人は、家で洗えるものは、すべて家庭で洗う習慣があり、家庭の主婦でさえアイロンかけの技術もものすごく高いそうだ。そして、普通のクリーニング屋とは別に「チントリア」と呼ばれる、高級衣服専門の店も多く存在する。生地や染めの歴史の違いもあるが、デリケートなものをきれいにするサービスがちゃんとビジネスとして成り立っているのだ。
ウールのセーターの洗い方
質問します。あなたは、はたしてどれだけクリーニングに気を遣ってきました?カミサンまかせで、なんとかチェーンの、近い、安い、早いでクリーニングを選んできませんでしたか?実は、服を知らない人が洗ったり、アイロンをかけると、服は買ったときの状態には決して戻らない。
さまざまな事故を防ぐためにも、お客さんとクリーニング屋はもっと服についてコミュニケーションすべきだという。たとえば、スーツのジャケット。これはきちっとカタチをつくるのには、3時間のアイロンがけが必要。それも、イタリアのデザイナーものであれば、アイロンで押してはいけない個所がいくつかあり、逆に、ブリティッシュ・タイプでは必ず押さなければならないところが何箇所かあるという。大金をはたいて買ったスーツが1回のクリーニングでだいなしになってはあまりに悲しすぎる。クリーニング屋は、いろんなところに出してみて、比較検討することが大事。
そして、家庭で洗えるものは、自分で洗ったほうがいい、と教わりました。たとえば、アイロンの必要がないウールのセーターなどは、お風呂に入ったときに、そのお湯(40℃位)で洗面器にシャンプーを入れて、手で押すように洗う。多分お湯は真っ黒になる。そしたら、汚れたお湯を捨て、新しいお湯を入れまた押す。その後、水道の水を出しっぱなしにした状態で濯ぎ、最後に手のひらにいっぱいのリンスを注ぐ。それから脱水機で30秒脱水。広げてカタチを整え、日の当たらない場所にバスタオルを敷き、その上に一晩置いておく。これで、次の日、ふわふわのセーターに生まれ変わるそうだ。これは絶対やってみよう、と僕は思いました。
クリーニングはほんとに奥が深い。古田さんは、「アイロンをまあまあかけられるようになるのに5年、染み抜きはは一生修行が続く」と言っていました。
冒頭で語った、お姉さんからゆずりうけた純白のウェディング・ドレス。クリーニングをしたのは、もちろん「レジュイール」だ。
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