2000年10月~2002年5月
この連載は、2000年10月号~2002年5月号まで新潮社の雑誌「ENGINE」に連載したものを再録したものです。
第14回 キッチン・ヴァージン、料理に挑む 2001年11月
晴海クッキング・ステージ
子どもの頃、毎日母親が作ってくれたご飯、そこに僕らの味覚の原点はある。一番の贅沢は、自分の家でおいしい食事ができること。それって、すごく幸せな毎日だと思いませんか?
でも、僕のような独り暮らしだと自分で料理を作るしかない。ところが僕ときたら、これまで包丁にさわったことが数回しかない、という人生を送ってきた男。りんごの皮すらむけない、超料理音痴。カップラーメンにお湯を入れたことすらない天然記念物なのです。
それが、あるきっかけで、料理を習うことになってしまった。僕の先生は、料亭「青柳」の主人であり、赤坂と晴海にある日本料理のレストラン「basara」をプロデュースする、小山裕久氏である。
この春、小山さんは大型商業施設「晴海トリトンスクエアー」の中に、食の総合空間とも呼べる「晴海Cooking Stages Haru」(TEL03-5144—8288)をオープンさせた。ここは体育館みたいな巨大な空間に、キッチンが点在し、階段教室、移築してきた茶室まで建っている。小山さんはこの施設をつかって、本格的な調理師学校と同時に、気軽に料理を学べるクッキング・スクールをはじめたのだ。
恐れ多くも小山さん直々に、「コーイチのための超初心者向け料理教室」を開いてもらえることに。生徒は、僕ひとり。講師の小山さんには、助手に「虎ノ門青柳」の料理長、その助手に同じく青柳の若手が2名もついた。どんなすごい料理を習うのか!?メニューは次の四品である。
一、 ご飯
二、 焼きサンマ
三、 ダシ巻き卵
四、 味噌汁
つまり、①ご飯を炊く。②サンマを焼く。③ダシ巻き卵を作る。④大根と油揚げの味噌汁をつくる。
小山裕久さんといえば、日本よりも海外で有名な日本料理の第一人者。法皇ロビュンションと競演したような人である。その人に教わるのだから、F1レーサーに初心者がクルマの運転を教わるようなものだ。でも、それって無謀なように見えて、一番適切な基本を覚えられるということだったりして。
では、キッチン・ヴァージンの僕でもできた料理の作り方とは?
赤子泣いても蓋とっていい
ごはんは、すこし重めのフタがついた普通の鉄なべ。よくカレーなどを煮る洋なべを使って炊く。今回の調理には、道具をあまりもっていない僕でもできる、というのも重要なコンセプト。お米はその時、食べる分だけ。今回は2合のお米をといで、一度ザルにうつし乾かしたものを炊いた。
ポイントはお米をとぐ最初の水にミネラル・ウォーターを使うこと。最初にお米が吸う水が重要で、あとは、水道水をじゃぶじゃぶ使う。ザルから干したお米をなべに移し、お米の2割増しほどのミネラル・ウォーターを入れ、弱火で炊き始める。途中火を強めて20分から30分で炊き上がる。炊けたかどうかを知りたければ、蓋を開けて中を見ればいい。「赤子泣いても蓋とるな」というのはあまり関係ないらしい。次に、味噌汁用の大根を切る。りんごの皮をむいたこともない僕に、かつら剥きをしろと言っても無理なので、15センチほどの長さに切った大根をまな板の上に立て、周りを八角形くらいにするつもりで皮を切り落としていく。大根の皮の部分は意外と厚く、表面から1センチ弱くらいを思いきって切り取ってしまう。
皮がむけたら、まきを割るみたいに上からふたつに切り、凹凸のかまぼこ状になったそれを寝かせて厚さ5ミリ程度に細かく切っていく。さらに、カタチはともかく、一個一個の大きさを自分の閉じた口の幅くらいに揃えて切ってゆくのが見栄えもいいし、食べやすい。
油揚げは油を抜かずにそのまま縦に一回切ったあと細かく切っていく。包丁を使う時は全神経を集中させる。よそ見をしたり、ほかのことを考えていてはケガのもとだ。切った大根と油揚げを、水を入れたナベに移し、弱火で煮る。昆布などのダシは一切使わない。なぜなら、大根からダシがじわじわでてきて、油揚げの油と混ざっておいしいダシになるのだ。
フライパンはテフロンに限る
ご飯と味噌汁は準備完了、メインディッシュにとりかかる。
まずは、サンマを焼く。まな板にサンマをねかせ、真ん中あたりに斜めに包丁を入れてふたつに切る。ワタはそのまま。
それを、テフロン加工されたフライパンを弱火で温めておき、そこに油などひかずサンマを直に置く。火を少し強めて焼くのだが、この時フライパンを火から近づけたり、遠くしたり、火を当てたい場所だけ近づけたりと、フライパンと火の距離や方向で熱を調整する。フライパンにたまってくる余分な油をキッチン・ペーパーでふきとりながら、一度サンマをひっくり返し、両面こんがり焼けたら完成。塩はほんの一つまみほどまぶす程度だ。
プロの料理人はテフロン加工なんて受け入れないのかと思ったら、フライパンはテフロンに限る、と小山さん。これだとサンマを焼いても煙が出ない。技術の進歩を上手に取り入れていくのがプロなのだそうだ。
このころには、ナベの大根もいい感じに茹で上がっているので、合わせ味噌をおたまに4分の1くらい、ハシでといていく。もう一度沸騰する直前まで温まったら完成だ。
最後のダシ巻き卵のダシに、この味噌汁をダシとして使う。2、3個の卵をボールに入れ、そこにほんの少し、味噌汁の汁を加えてよくかき混ぜる。それをテフロン加工された卵焼き用の四角いフライパンに厚さ3ミリほど入れ、まるで煎りタマゴを作るようにハシでかき混ぜながら焼いていく。
そして2センチくらいずつの感覚でタマゴを巻いていく。これがすこしムズカシイが、なんとかなったのは、目の前で小山さんがするとおりに真似しながら手を動かしたからだろう。すべてが終わる頃には、ご飯も炊き上がっていた。
料理は運転に似ている
できあがった料理を盛り付けして、小山さんとふたりで試食した。大根おろしをたっぷりかけて食べるサンマのおいしいこと。ワタの苦みまでおいしい。お味噌汁の大根から出たダシ、これもたまらなくおいしい。ただ単に、大根と油揚げを水から煮ただけだというのに。大根のかわりに玉ねぎを使ってもおいしいとのこと。
シンプルだけれど、こんなにおいしい料理を自分がつくったなんて、感無量。小山さんと遜色ない出来に仕上がった、というのは言い過ぎかもしれないが、もしかしたら料理人の道に進んでいたほうがよかったのでは???
調理はクルマの運転によく似ている、と小山さんはいう。次に起こることを頭の中でイメージしながら手を動かしていく。たとえば、フライパンでサンマを焼いた時、熱源が直接あたっているところを、フライパンの方を積極的に動かして調理するのは、エンジン・ブレーキを使うのに似ているし、上達すればヒール・アンド・トウのような技を使えるようになるという。運転の上手い人は、調理も上手くなるのが早いということだ。そういう小山さんじしん、若い頃はモトクロスのレーサーで、現在はポルシェ・ターボを操る運転の手ダレだ。
調理方法の説明が、スポーツ・ドライビングのテクニックの解説みたいだったのは、小山さんのサービス精神の賜物であると同時に、小山さんじしんがクルマ好きだからでもあるのだろう。調理のテクニックは、ひとつひとつの動作はゆっくりに見えて、タイミングと一瞬のスピードが要求される。全体の流れをイメージするのが重要なところも運転と似ている。
また、小山さんは調理と料理は、違うともいう。クルマでいえば、どこへ、だれと、なんの目的で走るのか、ということが「運転テクニック」とは別にあるように、だれのために、どういう目的で調理するかということが加わってはじめて、調理は料理になる。
母親が家族のために作る晩ご飯は、愛がこもった立派な料理であり、愛も目的もなく作られる食べ物は、料理というより調理された物でしかない。
小山さんが、毎週、朝日新聞の日曜版に連載している「日本料理で晩ごはん」が単行本になって発売された(「日本料理で晩ごはん」朝日新聞社刊 1800円)。ここには、季節の素材を使った、小山さんが提案する家庭の晩ご飯の献立が、わかりやすく紹介されている。僕ももうちょっと修業したら、この本で勉強してレパートリーを広げようと思っている。もちろん、毎晩ご飯を作ってくれるヒトを探す方にも熱心でありたい。
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- 第4回 F1日本グランプリ
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- 第14回 キッチン・ヴァージン、料理に挑む
- 2001年12月
- 第15回 最近、どんなスーツ着てますか?
- 2002年01月
- 第16回 隠れジンギスカン・マニア
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- 第19回 ナッパ・レザー
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- 最終回 ウシ君と全部で6匹のネコ