2000年10月~2002年5月
この連載は、2000年10月号~2002年5月号まで新潮社の雑誌「ENGINE」に連載したものを再録したものです。
第15回 最近、どんなスーツ着てますか? 2001年12月
スーツは階級を表す
最近、どんなスーツ着てますか?一般的な男性にとって、ファッションのアイテムのなかで最も中心的な存在で、値段も張るのがスーツ。スーツを見れば、その人の職種やセンス、経済的バックグラウンドまで想像できてしまう。ヨーロッパなどでは、スーツは所属するクラス(階級)を端的に表してしまう。男のスーツとは、社会性を表す役割まで持っていたのである。ちょっと大げさ?
自分じしんのことを振り返ってみると、ずっとデザイナー・ブランドのスーツを着てきた。イタリアの柔らかいシルエットのスーツは、社会からあまり束縛されていないような、自由な気持ちをもたらしてくれる。ただし、財布の中身を不自由にするが。
洋服好きならお定まりのコースで、ここ数年はクラシコ・イタリアのセミオーダーのスーツを着ている。ミラノの「ブリオーニ」のチャコール・グレーの3つボタン。わざわざナポリまで出かけて、「サルトリア・アットリーニ」で、カシミアが75パーセントはいった、スーパー120のファインウールの生地を奮発して、深いブルーのスーツをオーダーしたこともある。このクラスになると、ほとんど職人の手縫いで作られていて、着るとクオリティの高さがオーラのように漂う。
特にイタリアのデザイナー・ブランドのスーツが、最近クラシコのラインを取り入れていることもあって、ファッション性もあるし、じつはモードなブランドのスーツの多くがクラシコの工場で作っていたりする。クラシコのスーツはブランドを主張せず、匿名性にすぐれているので、便利なこともある。ファッション業界の人に会ったときに、フリーな立場で仕事をしている僕にはありがたいのです。
でも、よくよく考えてみると、最近、日常でスーツを着る機会がなくなってしまった。社会性が、僕の場合どんどん希薄になっているのかもしれない。最高のドレスアップで、ジャケットを着るくらい。それもノータイで。タイを締めることなど、1年に10回もない。そんな僕の今のライフスタイルで、果たして高価なスーツを買う意味があるのか?自己満足でしかないのではないか?1着定価20万円以上のスーツばかりを長いこと愛用してきたけれど、スーツにそんなにお金をかける意味があるのだろうか?
ザ・スーパースーツストア
デフレがさけばれる今、極端に安いスーツが市場に溢れはじめている。中には、1万円を切る値段で、ちょっと勘弁してくれよ、という出来のものも多い(あえてどこのモノかは言わない)。でも、なかには、良いものもあるらしい。
スーツの価値をもう一度考えてみようと、今はやりの2プライス・スーツ・ショップに行ってみた。ただの見学ではなく、実際に購入してみようと。より客観的にクオリティとプライスを判断するべく、本誌で「仕立て屋ニッポンのスタイル」を連載している服飾評論家の遠山周平さんに同行してもらって。スーツの値段はともかく、ファッション・アドバイザー付きという、ちょっと贅沢なショッピングだ。
遠山周平さんは、氏の連載を読んでもらえばわかるように、スーツに関してこだわりの人。イギリスのサビルロウや、クラシコ・イタリアのテーラーまで、50着以上のスーツを世界中でオーダーして歩いたという!
僕が目指したのは、2プライス・スーツ・ショップでは草分け的存在の「ザ・スーパースーツストア」の青山店。この店のスーツは、1万9000円と2万8000円の2種類のみ。白く明るいシャープなデザインの広い店内に、身長165センチから185センチまで5センチ刻みで5種類、Y、A、AB、つまりドロップ(胸囲とウエストの差)がそれぞれ3種類用意されている。身長のサイズごとにコーナーが分かれていて、お客さんは自分のサイズのコーナーに行き、自分で商品を選ぶ。試着も自由にできる。ショップ・スタッフは最小限の人数でこちらから声をかけない限り放っておいてくれる。デパートなどのスーツ売り場とは、まったく雰囲気が違う。まるで、ユニクロみたいだ。
はたしてクオリティは?
1万9000円タイプは、ごくオーソドックスなデザインとシルエットであまり魅力を感じない。2万8000円の方は、トレンドを取り入れた4タイプで展開されている。僕のサイズは、175センチのAB。2万8000円のオーソドックスな3つボタンをいくつか手にとって見るが、どうしてこんなに安いのか不思議なくらい。遠山さんによると、ジャケットの袖口に付いている生地メーカーのラベルは、どれもイタリアの大手有名ものだという。スーパー120という高級な生地もある。
「ザ・スーパースーツストア」では、イタリアのメジャーなメーカーの生地を大量に仕入れ、中国の工場で縫製している。途中に商社や問屋を通さず、販売までのすべてを自社で完結させる。業界用語でいう「SPA」という方式をとることによって低価格を実現させているのだという。はたして、そのクオリティは?
「まったく問題なし」と、遠山さんからお墨付きをいただきました。遠山さんは、「2万8000円というスーツの価格は、昭和40年代前半と同じくらい。1965年にデパートで、ピエール・カルダンのライセンスのスーツが2万円くらいで売られていたから、35年前に戻ってしまった」と言っていた。企業努力でスーツもここまで価格を落とせるとは!バブルがはじけた頃、モツ鍋と同時に、価格破壊をうたった安いスーツがブームになったことがあったが、あれとは別ものだ。
僕の選んだ2万8000円、グレイフランネルのスーパー100のウールを使用した3つボタンのスーツは、わずか2000円のエキストラを払うだけで、ダミーの袖のボタンホールにすべて穴をあけ、「本切羽」にしてくれた。細かいところだけれど、こうしたディテールでより高級感が出てくる。
「ボタンホールをかがる糸がもっと細いといい」と遠山さん。ボタンホールは、スーツをインドのマハラジャのターバンにたとえると、それを止める宝石にあたる。スパイ小説「パナマの仕立て屋」の著者、ジョン・ル・カレがそう書いている、と遠山さん。ボタンホールはスーツのカナメ、へそのような存在らしい。
たしかに、「サルトリア・アットリーニ」でオーダーしたスーツのボタンホールは、ものすごく細いシルクの糸できれいに手でかがられていた。でも、僕にとってはその辺は気にならない。
靴は高い
スーツに合わせて白のレギュラー・カラーのドレスシャツと、黄色と黒のチェックのタイを買った。それぞれ、3800円と2800円。オルタレーション(直し)の代金を入れなければ、3万5000円でフルコーディネーションできてしまった。
これでどこが不足なの?某日、あるイベントに着て行ったのだけれど、誰にも2万8000円とは見破られなかった。
高級なビスポーク・テーラードのスーツも捨て難い。僕のスーツ選びは、高くて、超高品質のものか、低価格、許せる品質のものかに二分化した。だたし、その最低限の品質のレベルは、今やかなり高いところになってしまった。
残念だったのは、靴だ。1万円を切るプライスのドレッシーなレザー・シューズがいくつもあったけれど、どれも買う気になれず、遠山さんとふたりで、店を出た後、千駄ヶ谷にあるシューズ・インポーター「マグナム」の展示会をのぞきに行き、イタリアのファクトリー・ブランド「プレミアータ」の浅いサイドゴアブーツを予約注文してしまった。価格4万7000円也。
スーツとシャツとタイを合せた値段より、このシューズ1足のほうが高い。でも、靴は男にとってフェティシズムの対象でもある。ステキなものを履きたい。
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- 2000年10月
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- 第2回 ミラノはスマートがいっぱい
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- 第3回 レクター博士の石鹸
- 2001年01月
- 第4回 F1日本グランプリ
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- 第5回 最後の晩餐
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- 第6回 ファッション・ケア レジュイール
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- 第7回 東京オート・サロン
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- 第9回 オホーツク劇場を目指して
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- 第10回 コレクション・ツアー
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- 第14回 キッチン・ヴァージン、料理に挑む
- 2001年12月
- 第15回 最近、どんなスーツ着てますか?
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- 第16回 隠れジンギスカン・マニア
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- 第17回 カバン・コレクション
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- 第18回 ピニンファリーナ・コレクション大中小
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- 第19回 ナッパ・レザー
- 2002年05月
- 最終回 ウシ君と全部で6匹のネコ