2000年10月~2002年5月
この連載は、2000年10月号~2002年5月号まで新潮社の雑誌「ENGINE」に連載したものを再録したものです。
第16回 隠れジンギスカン・マニア 2002年01月
お肉屋さんゴメンナサイ/h3>
最近、あまり牛肉を食べなくなってしまった。狂牛病騒ぎのせいばかりでなくそれ以前からなんとなくそうなった。その上この騒ぎだから、積極的に牛肉を食べようと思わなくなった。心理的なのもってつくづく恐い。お肉屋さんゴメンナサイ。
子供のころ北海道で育った。今は違うかもしれないけれど、僕の少年時代、北海道では牛肉を食べるのって、あまり一般的ではなかったような気がする。家庭の食卓でお肉といえば豚肉のことを指した。たまに家ですき焼きを食べたような気がしないでもないが、あまり記憶に残っていない。そんなに貧しい家に育ったわけではないから、僕が特殊というわけではないと思う。
高校を卒業して東京に出てきた時のカルチャーショックのひとつが「韓国焼き肉」との出会いだった。東京の叔父の家族といっしょに原宿の交差点の角にあった「八角亭」という焼き肉屋で、生まれて初めて食べたロースやカルビや上ミノは、「世の中にはこんなに美味しいものがあるんだ」ってものすごく感激した。
今時の焼き肉屋さんと雰囲気がまるで違って、「八角亭」は内装も高級でまわりのお客さんもお金持ちそう。なんだか大人の秘密めいた場所にさえ見えた。その後、この店の表参道を挟んだ向かい側のセントラルアパートにある会社に勤めることになるのだが、自分の稼いだお金で焼き肉を食べられるようになる前に、「八角亭」は「八角ビル」という大きなビルに立て直され1階には「ロッテリア」が入った。
強いて食べたい牛肉は?/h3>
冗談みたいにお金がなくて、食うや食わずの毎日をおくっていた僕の夢は、「いつでも好きなときに焼き肉を食べられる人になること」だった。という事実を信じてもらえるだろうか?その後なんとか人並みにお金が稼げるようになったら、多いときには、1週間に4回は焼き肉を食べるという生活をほんとに実行した。その結果、1年で体重が10キロ以上も増えてしまった。「八角亭」というトラウマのなせるワザだったろう。
今、強いて食べたいと言えば、昔、取材でアルゼンチンに行った時に食べたシンプルに塩焼きした牛肉。あれは美味しかった。10年以上たった今でもあの美味しさは忘れられない。でえきれば一生の間にもう一度食べてみたいと思う。
もともと僕は霜降りになった脂ののった牛肉より、赤身と脂がはっきりわかれている牛肉の方が好きなせいもあるが、いわゆる和牛のすき焼きにはあまり惹かれない。イタリアで食べる、Tボーンステーキ、「ビフテカ・フィオレンティーナ」も好きだ。
Tボーンステーキといえば、ブルックリンのステーキ屋「ピータールーガ」を忘れちゃいけない。今やなかなか予約が取れないレストランのひとつになってしまったが、安くて気取らないこの店に出かけるときは、必ず途中でコーリアン・コンビニに寄って「キッコーマン」の小さなボトルを買って行った。
これほど自分でも肉食な人間だと思っていたのに、どうしてこんなに牛肉を食べなくなってしまったのか。
たぶん、めったやたらに食べられないから、焼き肉への思いが強かったのだと思う。それがいつのまにかファミレスのチェーンみたいな焼き肉屋が出現して街に溢れ、特別な食べ物でなくなり、僕のトラウマは自然に消えてしまった。
東京ジンギスカン倶楽部/h3>
そんな僕が今でも無性に食べたくなる肉料理。それば鶏でもブタでもない、「ジンギスカン鍋」。羊の肉と野菜を、鉄カブトみたいな、真ん中が盛り上がった鉄のなべで焼いてたべる料理だ。北海道ではポピュラーだが、特に東京ではめったに食べられない。羊の肉、マトンやラム特有の臭いが苦手という人が多くて、東京では需要もあまりないらしい。たまに「ビール飲み放題、ジンギスカン食べ放題」という看板につられてビアホールみたいな所に食べに行ったことはあるけれど、100パーセントがっかりして店を出ることになる。
少年のころに北海道で食べていたジンギスカンの味を、知らぬ間に美化しすぎているのか、ジンギスカンは、もっと美味しい料理のはずだ。と、思いは募るばかり。
そう思っているのは僕だけではなかった。たまたまインターネットのサイトに、「東京ジンギスカン倶楽部」というホームページがあるのを見つけた。東京でまともなジンギスカンを食べられないことを嘆く北海道出身者が作っているページで、ジンギスカンの起源や歴史、うんちく、料理屋の紹介から、材料となる羊と羊肉の解説、その入手の方法まで実に充実した内容で構成されている。隠れジンギスカン・マニアはやっぱりたくさん存在していたのです。
このホームページによると、ジンギスカンの歴史は意外にあたらしく昭和になってから、北海道でこれだけ流行したのは戦後になってからだという。今では、羊の肉のほとんどはニュージーランドとオーストラリアから輸入されている。値段が圧倒的に安いのがその理由だが、冷凍でない生のラムにこだわった国産品もわずかながら生産され、流通しているという。
「東京ジンギスカン倶楽部」で紹介されている東京のジンギスカン料理屋のうち何軒かはすでに行っていたけれど、どこも僕の食べたいジンギスカンとは何かが違ってがいて、満足することはできなかった。肉とか使う野菜の種類、あるいはタレと、理由はさまざまなのだが、とにかくお店にジンギスカンを食べに行くのはもうやめにした。
結局、自分の家で自分で作るのが一番だと気がついたからだ。
ベルの成吉思汗・特選たれ/h3>
考えてみるとこんなに作るのが簡単な料理はない。調理らしい調理をする必要がないのだ。問題は、鉄ナベとタレを手に入れることだけ。鉄ナベはデパートを何軒がまわったら手に入った。溝に穴が空いているのがあるが迷わず空いていないものを選ぶ。
タレはちょっとやっかい。北海道の人だったら誰もが知っている「ベルのタレ」が東京では手に入らないからだ。だから、札幌に行くたびに空港で1ダースとか買いだめしている。この間、期限切れのタレを使ってみたが、美味しかった(インターネット時代の今は通販で手軽に買えるらしい)。
「ベルの成吉思汗・特選たれ」はりんごやその他の果物が絶妙のバランスではいっていいて、ジンギスカンのタレとしてこれ以上のものはない。値段は1本、380円という安さ。あとはお肉を手に入れるだけ!
普通のスーパーマーケットでジンギスカン用のラム肉を置いているところは少ないが、デパ地下のお肉売り場ならたいてい、店頭に並んでいなくても、奥に丸い冷凍肉のロールラムが置いてある。頼めばそれを厚さ3ミリ程度にスライスしてもらえる。人によっては邪道だというが、生ラムより冷凍ロールラムの方がおいしいと僕は思う。牛のラードもたくさんもらっておく。
野菜は、なんといっても大量のもやしを使うことがポイント。あとは、玉ネギ、ニラ、キャベツ、カボチャ、ピーマン、シシトウなど。
先日、男6人でナベを囲んだ時には、実に肉5キロ、もやしを12袋食べてしまった。ちなみにビールが12リッター、焼酎も一升瓶がなくなった。
カセットコンロの上でナベをのせて、ラードをたっぷり塗り込む。最初に野菜をのせ、もやしは、ナベが見えなくなるくらい大量にのせる。肉はもやしのなかに埋める。直接鉄板につけないで蒸し焼きのように焼くのが美味しい。このやり方だと煙も出なくてすむのもメリット。絶え間なくもやしと肉を乗せ、たまにその他の野菜を追加していく。その繰り返し。どんなにそれまで、羊の肉は苦手と言っていた人でも、「おいしい」と言って、多い人で1キロちかい肉をぺろりと食べてしまう。最後のしめに、中身が何も入っていないごま塩で握ったオムスビを食べると、お腹のなかにたまったアブラが吸収されていくようで、これまたたまらなく美味しい。
1年に何度かはジンギスカンを食べる。イベントのようにして食べるから、よけいに美味しく感じる。焼き肉は、もう一生分食べた。
冗談みたいにお金がなくて、食うや食わずの毎日をおくっていた僕の夢は、「いつでも好きなときに焼き肉を食べられる人になること」だった。という事実を信じてもらえるだろうか?その後なんとか人並みにお金が稼げるようになったら、多いときには、1週間に4回は焼き肉を食べるという生活をほんとに実行した。その結果、1年で体重が10キロ以上も増えてしまった。「八角亭」というトラウマのなせるワザだったろう。
今、強いて食べたいと言えば、昔、取材でアルゼンチンに行った時に食べたシンプルに塩焼きした牛肉。あれは美味しかった。10年以上たった今でもあの美味しさは忘れられない。でえきれば一生の間にもう一度食べてみたいと思う。
もともと僕は霜降りになった脂ののった牛肉より、赤身と脂がはっきりわかれている牛肉の方が好きなせいもあるが、いわゆる和牛のすき焼きにはあまり惹かれない。イタリアで食べる、Tボーンステーキ、「ビフテカ・フィオレンティーナ」も好きだ。
Tボーンステーキといえば、ブルックリンのステーキ屋「ピータールーガ」を忘れちゃいけない。今やなかなか予約が取れないレストランのひとつになってしまったが、安くて気取らないこの店に出かけるときは、必ず途中でコーリアン・コンビニに寄って「キッコーマン」の小さなボトルを買って行った。
これほど自分でも肉食な人間だと思っていたのに、どうしてこんなに牛肉を食べなくなってしまったのか。
たぶん、めったやたらに食べられないから、焼き肉への思いが強かったのだと思う。それがいつのまにかファミレスのチェーンみたいな焼き肉屋が出現して街に溢れ、特別な食べ物でなくなり、僕のトラウマは自然に消えてしまった。
東京ジンギスカン倶楽部/h3>
そんな僕が今でも無性に食べたくなる肉料理。それば鶏でもブタでもない、「ジンギスカン鍋」。羊の肉と野菜を、鉄カブトみたいな、真ん中が盛り上がった鉄のなべで焼いてたべる料理だ。北海道ではポピュラーだが、特に東京ではめったに食べられない。羊の肉、マトンやラム特有の臭いが苦手という人が多くて、東京では需要もあまりないらしい。たまに「ビール飲み放題、ジンギスカン食べ放題」という看板につられてビアホールみたいな所に食べに行ったことはあるけれど、100パーセントがっかりして店を出ることになる。
少年のころに北海道で食べていたジンギスカンの味を、知らぬ間に美化しすぎているのか、ジンギスカンは、もっと美味しい料理のはずだ。と、思いは募るばかり。
そう思っているのは僕だけではなかった。たまたまインターネットのサイトに、「東京ジンギスカン倶楽部」というホームページがあるのを見つけた。東京でまともなジンギスカンを食べられないことを嘆く北海道出身者が作っているページで、ジンギスカンの起源や歴史、うんちく、料理屋の紹介から、材料となる羊と羊肉の解説、その入手の方法まで実に充実した内容で構成されている。隠れジンギスカン・マニアはやっぱりたくさん存在していたのです。
このホームページによると、ジンギスカンの歴史は意外にあたらしく昭和になってから、北海道でこれだけ流行したのは戦後になってからだという。今では、羊の肉のほとんどはニュージーランドとオーストラリアから輸入されている。値段が圧倒的に安いのがその理由だが、冷凍でない生のラムにこだわった国産品もわずかながら生産され、流通しているという。
「東京ジンギスカン倶楽部」で紹介されている東京のジンギスカン料理屋のうち何軒かはすでに行っていたけれど、どこも僕の食べたいジンギスカンとは何かが違ってがいて、満足することはできなかった。肉とか使う野菜の種類、あるいはタレと、理由はさまざまなのだが、とにかくお店にジンギスカンを食べに行くのはもうやめにした。
結局、自分の家で自分で作るのが一番だと気がついたからだ。
ベルの成吉思汗・特選たれ/h3>
考えてみるとこんなに作るのが簡単な料理はない。調理らしい調理をする必要がないのだ。問題は、鉄ナベとタレを手に入れることだけ。鉄ナベはデパートを何軒がまわったら手に入った。溝に穴が空いているのがあるが迷わず空いていないものを選ぶ。
タレはちょっとやっかい。北海道の人だったら誰もが知っている「ベルのタレ」が東京では手に入らないからだ。だから、札幌に行くたびに空港で1ダースとか買いだめしている。この間、期限切れのタレを使ってみたが、美味しかった(インターネット時代の今は通販で手軽に買えるらしい)。
「ベルの成吉思汗・特選たれ」はりんごやその他の果物が絶妙のバランスではいっていいて、ジンギスカンのタレとしてこれ以上のものはない。値段は1本、380円という安さ。あとはお肉を手に入れるだけ!
普通のスーパーマーケットでジンギスカン用のラム肉を置いているところは少ないが、デパ地下のお肉売り場ならたいてい、店頭に並んでいなくても、奥に丸い冷凍肉のロールラムが置いてある。頼めばそれを厚さ3ミリ程度にスライスしてもらえる。人によっては邪道だというが、生ラムより冷凍ロールラムの方がおいしいと僕は思う。牛のラードもたくさんもらっておく。
野菜は、なんといっても大量のもやしを使うことがポイント。あとは、玉ネギ、ニラ、キャベツ、カボチャ、ピーマン、シシトウなど。
先日、男6人でナベを囲んだ時には、実に肉5キロ、もやしを12袋食べてしまった。ちなみにビールが12リッター、焼酎も一升瓶がなくなった。
カセットコンロの上でナベをのせて、ラードをたっぷり塗り込む。最初に野菜をのせ、もやしは、ナベが見えなくなるくらい大量にのせる。肉はもやしのなかに埋める。直接鉄板につけないで蒸し焼きのように焼くのが美味しい。このやり方だと煙も出なくてすむのもメリット。絶え間なくもやしと肉を乗せ、たまにその他の野菜を追加していく。その繰り返し。どんなにそれまで、羊の肉は苦手と言っていた人でも、「おいしい」と言って、多い人で1キロちかい肉をぺろりと食べてしまう。最後のしめに、中身が何も入っていないごま塩で握ったオムスビを食べると、お腹のなかにたまったアブラが吸収されていくようで、これまたたまらなく美味しい。
1年に何度かはジンギスカンを食べる。イベントのようにして食べるから、よけいに美味しく感じる。焼き肉は、もう一生分食べた。
考えてみるとこんなに作るのが簡単な料理はない。調理らしい調理をする必要がないのだ。問題は、鉄ナベとタレを手に入れることだけ。鉄ナベはデパートを何軒がまわったら手に入った。溝に穴が空いているのがあるが迷わず空いていないものを選ぶ。
タレはちょっとやっかい。北海道の人だったら誰もが知っている「ベルのタレ」が東京では手に入らないからだ。だから、札幌に行くたびに空港で1ダースとか買いだめしている。この間、期限切れのタレを使ってみたが、美味しかった(インターネット時代の今は通販で手軽に買えるらしい)。
「ベルの成吉思汗・特選たれ」はりんごやその他の果物が絶妙のバランスではいっていいて、ジンギスカンのタレとしてこれ以上のものはない。値段は1本、380円という安さ。あとはお肉を手に入れるだけ!
普通のスーパーマーケットでジンギスカン用のラム肉を置いているところは少ないが、デパ地下のお肉売り場ならたいてい、店頭に並んでいなくても、奥に丸い冷凍肉のロールラムが置いてある。頼めばそれを厚さ3ミリ程度にスライスしてもらえる。人によっては邪道だというが、生ラムより冷凍ロールラムの方がおいしいと僕は思う。牛のラードもたくさんもらっておく。
野菜は、なんといっても大量のもやしを使うことがポイント。あとは、玉ネギ、ニラ、キャベツ、カボチャ、ピーマン、シシトウなど。
先日、男6人でナベを囲んだ時には、実に肉5キロ、もやしを12袋食べてしまった。ちなみにビールが12リッター、焼酎も一升瓶がなくなった。
カセットコンロの上でナベをのせて、ラードをたっぷり塗り込む。最初に野菜をのせ、もやしは、ナベが見えなくなるくらい大量にのせる。肉はもやしのなかに埋める。直接鉄板につけないで蒸し焼きのように焼くのが美味しい。このやり方だと煙も出なくてすむのもメリット。絶え間なくもやしと肉を乗せ、たまにその他の野菜を追加していく。その繰り返し。どんなにそれまで、羊の肉は苦手と言っていた人でも、「おいしい」と言って、多い人で1キロちかい肉をぺろりと食べてしまう。最後のしめに、中身が何も入っていないごま塩で握ったオムスビを食べると、お腹のなかにたまったアブラが吸収されていくようで、これまたたまらなく美味しい。
1年に何度かはジンギスカンを食べる。イベントのようにして食べるから、よけいに美味しく感じる。焼き肉は、もう一生分食べた。
Back Number
- 2000年10月
- 第1回 テスタロッサが止まらない
- 2000年11月
- 第2回 ミラノはスマートがいっぱい
- 2000年12月
- 第3回 レクター博士の石鹸
- 2001年01月
- 第4回 F1日本グランプリ
- 2001年02月
- 第5回 最後の晩餐
- 2001年03月
- 第6回 ファッション・ケア レジュイール
- 2001年04月
- 第7回 東京オート・サロン
- 2001年05月
- 第8回 サイド・バイ・サイド
- 2001年06月
- 第9回 オホーツク劇場を目指して
- 2001年07月
- 第10回 コレクション・ツアー
- 2001年08月
- 第11回 オートバイ
- 2001年09月
- 第12回 赤ちょうちん
- 2001年10月
- 第13回 悩み続けて18年
- 2001年11月
- 第14回 キッチン・ヴァージン、料理に挑む
- 2001年12月
- 第15回 最近、どんなスーツ着てますか?
- 2002年01月
- 第16回 隠れジンギスカン・マニア
- 2002年02月
- 第17回 カバン・コレクション
- 2002年03月
- 第18回 ピニンファリーナ・コレクション大中小
- 2002年04月
- 第19回 ナッパ・レザー
- 2002年05月
- 最終回 ウシ君と全部で6匹のネコ