2000年10月~2002年5月
この連載は、2000年10月号~2002年5月号まで新潮社の雑誌「ENGINE」に連載したものを再録したものです。
第8回 サイド・バイ・サイド 2001年05月
やっぱり「クルマは人生」ですか?
ブルータス2月15日発売のクルマ特集。この号を見たENGINEの読者は、本屋さんで、さぞびっくりされたことと思う。なんと、本誌スズキ編集長が表紙から登場して(それも、エンジン創刊号のパロディのような写真とレイアウトで)、クルマを熱く語っているのだから。
ブルータスが「裏エンジン」のような、クルマの特集を作りたい、と企画をスタートした時、不肖、ワタクシが間をとりもたせていただきました。なんとも掟やぶりのこのコンセプト、ブルータスならではですが、売れ行き絶好調とのことで、「クルマを特集すると売れない」という同誌のジンクスをくつがえす結果がでたそうだということだ。
でも、よその雑誌の売り上げに貢献していても仕方がない。読者のみなさん、「エンジン」をもっともっと応援しましょう。
走ることに没頭するために
ブルータスがこの特集を通じて、結論づけたことは、特集最後のスズキさんの原稿に書いてあることにつきる。つまり、スズキさんの乗っているのは、「自動車」であって、自動車によく似せて作られた乗り物ではないということ。スズキさんにとって、やっぱりクルマは人生だったのです。
スズキさん流に言うと、クルマって、やっぱり純粋に速く走ることに没頭することにこそ楽しさがある。
でも、公道でそれをやるのって危険がありすぎるし、免許証をとりあげられても困るし……。誰もがスズキ編集長みたいに攻撃的かつ破滅的に生きる勇気を持っているわけではない。それじゃあどうする?と、その答えを見つけに、今回「ツインリンクもてぎ」に出かけた。
目的は「ツインリンクもてぎ」が独自に開発した、サイド・バイ・サイドというフォーミュラ・カーに乗ること。これに乗ればだれでも気軽にF1ドライバーになった気分を味わえる。どんなにスピードを出してもスピード違反の切符を切られることはない。走るコースは、全長710メートルの北ショートコースとよばれる、ミッキーマウス・サーキット。マシンの見た目は本格的なフォーミュラ・カーそのもので、ホンダのVツイン750cc、オートバイ用のエンジンを、ドライバーの真横に搭載している。
脱着式のステアリングを外してコックピットに身を沈め、5点式のシートベルトを締めれば、そこから見える世界は、F1そのもの(F1に乗ったことはないけれど)。57psのエンジンを、バイクと同じシフトパターン、つまりニュートラルからレバーを前方に押すと1速、発進して、手前に引くと、ニュートラルを飛び越えて2速、さらに手前に引いていくと、3速、4速とギアチェンジしていく。回転を合わせればクラッチの必要はないが、耐久性のためにきちんとクラッチを踏んでギアチェンジしてください、というインストラクターの説明。
ギアは5速まであるが、このサーキットで使うのは、3速が中心で、ストレートの途中で4速をたまに使う。ラップタイムは、毎周100分の1秒の単位まで計測され、走行後にプリントアウトしてくれる。ラップタイムは、サイド・バイ・サイドにはまっている会員の人で31秒台だそうである。コースレコードは、今年からF1のBARの開発ドライバーに抜擢された佐藤琢磨選手がマークした29秒ナニガシカとのこと。
サーキットを走る快感
初挑戦のボクはというと、恥ずかしながら、20周ちかく走ってみて、一度も41秒を切ることができなかった。カメのように遅い自分にショックを受け、しばらく落ち込んでしまった。でも、たとえカメでも、フォーミュラ・カーをサーキットで走らせる楽しさは最高。練習さえすれば、いくらでもタイムを縮めることはできそうだし。
この日ボクが体験したのは、だれでも気軽に参加できる「エンジョイ・ラン」(要免許証)で、マシンの扱いや、走行上の注意の講習を15分ほど受けて、その後15分の走行をする初心者コース。料金は、1万円。
それとは別に、本格的にサイド・バイ・サイドを始めようという人のために、「ジョイフル・スクール」というスクールが用意されている。こちらは、30分の講習を受けた後、インストラクターのアドバイスを受けながら、実走行が1時間。初回の料金が2万3000円、2回目以降は2万1000円となる。
スクールを終了するとライセンスを取得することができ、このライセンスを持っていると、予約すれば、15分の走行を5000円で楽しむことができる。もちろん車両のレンタル料金を含んでいる。
スクールは、1回の定員が4名までと人数は少ないが、そのため丁寧な指導を受けられる。1カ月に2回程度しかスクールが開かれないのが、すこし残念だけれど、今回の体験ランで、今度はスクールを受けに来ようと真剣に思っている(問い合わせは、ツインリンクもてぎ・モータースポーツ課TEL:0285-64-0200)。
サーキットを走る快感がこんなに手軽に味わえるのを見逃す手はない。そもそもボクがこの快感に目覚めたのは、フェラーリを手に入れて、フェラーリのクラブに入会、クラブのサーキット走行会に参加するようになってからだ。フェラーリのエンジンをレブリミットまで回して走るなんてサーキットでなければとても無理。対向車がいなくて、スピードメーターを見ないで、タコメーターだけを見ながらクルマを走らせる楽しさがそこにあった。
それ以上に、レーシングスーツやヘルメットをオーダ―して作り、スパルコのレーシングシューズとグラブでコーディネートして、サーキット内を歩く。ヘルメットはグレアム・ヒルと同じ、ブルーに白抜きのレガッタ模様。サーキットを走るのは、それまで思いもしなかったけれど、ボクにとっては、コスプレの楽しさだった。子どもの時にレーシング・ドライバーに憧れていたけれど、もちんだれもが、なれるわけではないわけで、それがこうしたコスプレで子どもの時の夢を一時だけにせよ、実現できるのだ。
F1のコスプレ
スピードやドライビングの純粋な面白さはカートの方が優るという人もいるらしいが、サイド・バイ・サイドは、マシン自体も、F1のコスプレみたいなもの。そうしたことから、ボクにとっては、こちらの方が魅力的。こんなに楽しい遊びが、こんなに手軽に楽しめるのだ。
たとえタイムが人より遅くたって、気にすることはない。どこまで速さを競っても、だれもがシューマッハーになれるわけではないのである。ボクはバリチェロになれるだけで十分うれしい。ラップタイムはあくまで自分のタイムを縮める努力目標と考えたほうがいい。楽しむことが大切。プロのレーシング・ドライバーになろうと思っているわけではないのだから。
フェラーリの走行会では、よりサーキットを速く走るために、クルマに手を入れてほとんどサーキット走行専用のように改造している人もたくさん参加している。そうしたクルマに次つぎ追い越されてしまっても、ノーマルのフェラーリでも、サーキットを走るのはメチャクチャ楽しい。
クルマの楽しみは、速く走らせることだけではない。
もちろん、速く走らせることだけが楽しみの人もいるでしょう。でも、ボク流の楽しみの中には、サーキットでのコスプレというのがけっこう大きな位置を占めている。
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- 最終回 ウシ君と全部で6匹のネコ